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東京地方裁判所 平成4年(ワ)11308号 判決

原告

右訴訟代理人弁護士

渡辺博

黒澤計男

東京都中央区〈以下省略〉

被告

岡三証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

藤川明典

主文

一  被告は、原告に対し、金三八五万円及びこれに対する平成四年四月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

主文一項と同旨

二  予備的請求

被告は、原告に対し、金三〇一万九〇〇〇円及びこれに対する平成四年四月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、主位的に、原告が被告に金員を預託したが、これにより株式を購入したことはないとして、預託金返還請求権に基づき三八五万円及びこれに対する催告の翌日である平成四年四月二三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、被告の従業員による違法な勧誘行為により株式を購入させられ、あるいは無断売買を追認させられ、損害を被ったとして、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償として、三〇一万九〇〇〇円及びこれに対する平成四年四月二三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、被告渋谷支店の店頭営業課長B(以下「B」という。)の勧誘により、平成三年一一月一日一〇〇万円を、同月五日三〇〇万円をそれぞれ被告に入金した。

2  Bは、平成三年一一月一日、右入金された金員を使って原告名義で店頭新規公開株のアイエックス株一〇〇〇株を代金三八五万円(一株三八五〇円)で買い付けた(原告が右株式の買付けを承諾していたかどうかについては、後記のとおり争いがある。)。

二  争点

1  主位的請求

(一) アイエックス株一〇〇〇株の購入代金として使われた三八五万円は、原告が被告の中堅顧客となるために被告に預託したものであるかそれとも株式の買付代金であったか。

(原告の主張)

原告は、Bから被告に一〇〇〇万円を預託してもらえれば、中堅顧客として有利な取扱を受けられると言われて、平成三年一一月一日一〇〇万円を、同月五日三〇〇万円並びに日本航空株一〇〇〇株、三桜工業株二〇〇〇株及び日本鋼管株五〇〇〇株を、それぞれ預託した。

しかるに、Bは、同年一一月一日、原告に無断で右預託金によりアイエックス株一〇〇〇株を代金三八五万円(一株三八五〇円)で買い付けた。

(被告の主張)

Bは、平成三年一〇月二九日原告からアイエックス株買付けの注文を受けたので、同年一一月一日原告から前金として一〇〇万円を入金してもらい、アイエックス株一〇〇〇株を代金三八五万円(一株三八五〇円)で買い付けた。そして、同年一一月五日、原告から三〇〇万円入金してもらい、残代金に充当した。

(二) 仮に、無断取引であった場合、原告は、アイエックス株の買付けを追認したか。

(被告の主張)

原告は、平成三年一一月五日、三〇〇万円の支払と引換えに、Bからアイエックス株の預り証及び総合受渡計算書を受領し、また、同月六日ないし七日ころ、アイエックス株の取引報告書を郵送により受領しているので、アイエックス株買付けの事実を十分認識していたにもかかわらず、その当時原告から異議の申出はなかったこと、さらに、原告は、同月五日、店頭取引に関する確認書に、また、同月一五日、総合取引申込書にそれぞれ署名捺印していること等を総合すると、原告は、アイエックス株の買付けを追認したものというべきである。

(原告の主張)

原告は、平成三年一一月六日、Bからの報告により同人がアイエックス株を買い付けたことを知った。原告は、同月一五日、被告渋谷支店に赴き、C支店長(以下「C支店長」という。)に対し、Bの無断取引について経過を説明し、釈明を求めたところ、同支店長から「それは過剰勧誘である。今後は私がBに代わって責任を持ってやる。他の新規上場の株を紹介してその利鞘で穴埋めをするので、それまで待って欲しい。私が責任を持つから書類に署名捺印して欲しい。」と言われたのでこれを信用し、総合取引申込書、店頭取引に関する確認書に署名捺印し、同支店長に交付した。以上のとおり、原告の右署名捺印は、今後の手続をするために必要であるとのC支店長の説明を信頼して行ったものであるから、追認の趣旨で行ったものではない。

(三) 仮に、原告に追認の意思表示があった場合、右意思表示には要素の錯誤があったか。

(四) 仮に、原告の右追認の意思表示に要素の錯誤があった場合、原告に重大な過失があったか。

2  予備的請求

(一) Bが原告に対し、以下のような違法な勧誘を行いアイエックス株を購入させたか。また、C支店長が原告に対し、以下のような違法な勧誘を行い無断取引を追認させたか。これにより、被告の債務不履行ないし不法行為が成立するか。

(原告の主張)

(1) 断定的判断の提供(証券取引法五〇条一項一号)、虚偽又は誤解を生じさせる表示(同法五〇条一項六号、証券会社の健全性の準則等に関する省令二条一号)

Bは、原告に対し、「Dさんの紹介だから悪いようにはしない。Dさんの紹介だから固いものしか勧めませんよ。」「株価が下がれば岡三の社内規定で買いを入れることになっているから決して損はさせない、大丈夫だ。」等と、断定的判断の提供ないし虚偽表示により勧誘し、アイエックス株を購入させた。

(2) 適合性の原則違反、過剰勧誘

原告は、Bの右勧誘に対し、株はこりごりだからやりたくないこと、野村証券で三〇〇万円を金貯蓄にしているが、これは、遺産分割調停の弁護士費用として用意しており、右遺産分割が解決すれば来月にでも必要な金なので株の購入資金にするわけにはいかないと答えた。これにより、Bは、原告の所持する三〇〇万円につき、株式のような価額が変動し、かつ一定期間拘束される投機資金とすることはできない資金であることを認識したにもかかわらず、通常の株式より投機性のあるしたがってリスクの大きい店頭公開株への投資資金とするよう執拗な勧誘を行ったものであり、これは、適合性の原則違反であり、かつ過剰勧誘である。

(3) 虚偽又は誤解を生じさせる表示ないし特別の利益提供による勧誘(証券取引法五〇条一項六号、証券会社の健全性の準則等に関する省令二条一号、二号)

C支店長は、前記のとおり原告に対し、「今後は私がBに代わって責任を持ってやる。他の新規上場の株を紹介してその利鞘で穴埋めをするので、それまで待って欲しい。私が責任を持つから書類に署名捺印して欲しい。」と説明し、原告に無断取引を追認させたものであるところ、右説明は、虚偽又は誤解を生じさせる表示ないし特別の利益提供による勧誘である。

(4) 以上のような被告の行為は、被告の原告に対する債務不履行ないし不法行為に該当するというべきであるから、被告は原告に対し、損害賠償義務がある。

(被告の主張)

Bが、原告に対し、「Dさんの紹介だから悪いようにはしない。Dさんの紹介だから固いものしか勧めませんよ。」と述べたこと、原告が三〇〇万円を野村証券で金貯蓄にしていること、Bが原告に店頭公開株の勧誘をしたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 仮に、被告に債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償義務があるとした場合、原告にも過失があるか。

第三争点に対する判断

一  争点1(一)について

1  証拠(甲六、証人B、原告)によれば、原告は、以前野村証券に委託して購入した日本航空株一〇〇〇株、三桜工業株二〇〇〇株、日本鋼管株五〇〇〇株が値下がりしたためそのまま持ち続けていたこと、原告は、平成三年一〇月ころ、知人から、被告渋谷支店の店頭営業課長であったBを紹介してもらったこと、原告は、同月二八日、自宅を訪れたBに野村証券に預けてある右株式の運用について相談したところ、前記三銘柄の株券を被告に預けるよう言われ、これを了承したこと、同月二九日、Bから原告に電話があり、被告に一〇〇〇万円を預託すると被告の中堅顧客扱いを受けて有利であるが、前記株券だけでは足りないので、他に動かせる金はないかと聞かれ、原告は、野村証券に三〇〇万円の金貯蓄がある旨答えたこと、これを聞いて、Bは原告に対し、被告が主幹事の店頭新規公開株のアイエックス株があるので買わないかと勧誘したが、原告は、承諾しなかったこと、同月三〇日、原告は、Bから一〇〇〇万円の枠がとれたが、取り敢えず口座を設定する必要があると言われて、同年一一月一日被告に一〇〇万円を入金し、さらに、野村証券に預けていた前記金貯蓄を解約して、同月五日Bに三〇〇万円及び野村証券に預けていた前記三銘柄の株券を交付したことが認められる。

以上認定の事実によれば、原告は被告の中堅顧客扱いを受けるために現金、株券等を被告に預託したものと認められる。

2  これに対し、被告は、原告からアイエックス株一〇〇〇株(一株三八五〇円)の買付注文を受けたもので、原告から受け取った金員のうち三八五万円は、売買代金であると主張し、証人Bも、「平成三年一〇月二五日か二八日ころ、原告宅において、被告が主幹事であるアイエックス株の取引を勧めたところ、原告は、お任せすると言った。その際、一株当たりの単価は分からなかったので、値段についてははっきり言わなかった。そして、原告が売買代金の前金として一〇〇万円位なら用意できると言ったので、会社に帰って上司に相談したところ、認められた。そこで、同月二九日ころ、原告に電話をして、アイエックス株を一株三八五〇円で一〇〇〇株購入するので、その前金として一〇〇万円を入金してもらい、残代金は後で取りに行く等と述べたところ、はっきり記憶がないが原告はよろしくお願いしますという感じだった。そして、同年一一月一日、原告にアイエックス株を一株三八五〇円で一〇〇〇株購入した旨電話で報告したところ、原告から礼を言われたようにも思うが、はっきり覚えていない。その後、同年一一月五日、残代金を受取に原告宅に赴き、現金三〇〇万円及び日本航空株一〇〇〇株、三桜工業株二〇〇〇株、日本鋼管株五〇〇〇株の各株券を預かったが、その際、アイエックス株の預り証及び総合受渡計算書(甲三)を原告に渡した。」旨右主張に沿う証言をする。そして、Bが原告に同年一〇月二九日アイエックス株の購入を勧誘したことは、原告も認めているところである。

しかしながら、原告から注文を受けた時の状況についての証人Bの証言は、曖昧であるうえ、右B証言によっても、原告の注文はお任せするとかよろしくお願いしますという程度のものであり、注文としては必ずしも明確なものではない。また、甲三によれば、アイエックス株の公開日(平成三年一一月一日)の株価は三八五〇円であることが認められ、Bの予測と合致しているが、甲一の1、2によれば、店頭新規公開株の初値は一〇円単位で端数が出ているものもあることに照らすと、同年一〇月二九日の段階でアイエックス株を一株三八五〇円で購入すると述べた旨のB証言にはにわかに措信し難いものがある。

のみならず、証拠(甲六、証人B、原告)によれば、原告は、平成三年一一月五日、Bから総合取引申込書(乙一二)、店頭取引に関する確認書(乙五)、覚書(乙八の1)、月次報告書方式申込書(乙八の2)等に署名捺印するよう求められたが、これを拒否したこと(なお、証人Bは、店頭取引に関する確認書については、平成三年一一月五日に署名捺印してもらった旨証言するが、他の書類については作成を拒否しながら、右確認書の作成にだけ応じる合理的理由は認められないことや反対趣旨の原告本人尋問の結果にも照らし、右証言はにわかに措信できない。)、また、その日アイエックスの話は格別出なかったことが認められる。

そうすると、仮に、被告の主張するとおり原告がアイエックス株の買付けを注文していたとすれば、取引に必要な書類の作成に応じないというのは不自然であるし(証人Bは、このようなことは異例である旨証言している。)、金貯蓄の三〇〇万円は、原告が遺産分割のための弁護士費用として予定していたものであるところ、右遺産分割がまとまる可能性があり、近々必要となる金であったもので(甲六、一二、原告)、余裕資金ではなかったのであるから、原告からBにアイエックス株の値動きについての質問がなかったというのも不自然である(被告は、原告の投資意欲が旺盛であった旨主張するが、そうであるならなおさら価額について聞くはずである。)。

もっとも、被告は、原告がアイエックス株の買付けを注文したことの根拠として、①原告は、平成三年一一月五日Bからアイエックス株の預り証と総合受渡計算書を交付され、また、同月六日か七日ころ取引報告書を受領しているから、アイエックス株を購入したことを知っていたはずである、②原告の主張どおりBから一〇〇〇万円を預託すると被告の中堅顧客扱いを受けて有利であると言われて金員を預託したというのであれば、原告が平成三年一一月一日に一〇〇万円だけを入金するのは理解に苦しむところであり、これはむしろ買付代金の一部であることを示すものである、③原告がアイエックス株購入の意思がなかったというのであれば、その後マキタの転換社債をBを通じて購入するとは通常考えられない旨主張するので、以下検討する。

①については、被告の主張に沿う前記Bの証言があるが、被告の顧客別保護預り有価証券明細簿(乙四)には、原告が野村証券に預けていた日本航空株等三銘柄の株券についての預り証の発行年月日及び交付年月日はいずれも平成三年一一月五日と記載されているにもかかわらず、Bが右三銘柄の株券の授受と同じ機会に交付したというアイエックス株の預り証の発行年月日は一一月五日、交付年月日は同月六日と記載されていること、前記のとおり原告が被告と取引をするために必要な書類の作成を拒否したことにより、Bは、少なくともその時点で原告に取引についての疑義があることを認識し得たはずであるにもかかわらず、アイエックス株について全然触れていないことからすると、残代金の交付を拒否されることを恐れて預り証と総合受渡計算書を交付しなかったことも十分考えられること等に照らせば、前記B証言はたやすく信用できない。そして、証拠(甲三、六、原告本人)によれば、原告は、Bが原告方を辞去した際に、三〇〇万円の領収証を置いていかなかったことから、バス停まで追いかけてBに三〇〇万円を預かったことの証明を求めたところ、鞄から取り出した総合受渡計算書に三〇〇万円受領した旨手書きで記載して渡されたこと、右総合受渡計算書は四つ折りになっていたため原告は中身を見なかったことが認められる。また、取引報告書については、被告の主張によっても原告が見たのは平成三年一一月六日か七日というのであり、原告がアイエックス株購入の事実を知った日かその翌日ということになる(甲六、原告)から、必ずしも被告の主張の裏付けになるものではない。したがって、被告の①の主張は採用できない。

次に、②については、前記のとおり、原告は、金貯蓄の三〇〇万円は近々必要となる大事な金なので、余り冒険はしたくないという気持ちがある一方、Bに相談して何とか値下がりした株をうまく運用して損を取り戻したいという気持ちもあったことが認められるから、Bから一〇〇〇万円を預託する必要があるが、取り敢えず口座を設定する必要があると言われて一〇〇万円を入金した旨の原告の供述もあながち不合理であるとはいえない。したがって、被告の②の主張も採用できない。

さらに、③については、原告が、平成三年一一月一六日に、Bから勧められてマキタの転換社債を一〇〇万円で購入した(乙一の1、四、原告)事実は、原告の投資意欲を示す事実ともみうるが、その反面、仮に原告がアイエックス株を購入していたとすると、続けて取引をしたことになるところ、当時株価が店頭株を除いて全般的に低迷していたこと(証人B)や原告に資金的余裕がなかったことを考え合わせると、その可能性は低く、むしろ原告は、アイエックス株の購入を認識していなかったからこそ一〇〇万円程度ならということで購入したものと認めるのが相当である。したがって、この点に関する被告の主張も採用できない。

以上によれば、原告が被告にアイエックス株の購入を注文したとは認められないというべきである。

二  争点1(二)について

1  証拠(甲一の1、2、六、乙五、一二、証人C、原告)によれば、原告は、平成三年一一月六日、Bからアイエックス株を三八五〇円で買い付けたが、四五〇〇円になったら売る旨聞いたこと、原告は、Bから店頭新規公開株についての資料(甲一の1、2、二)を交付され、同人から店頭新規公開株は値上がり傾向にある旨聞かされていたことや友人の紹介でもあることから様子をみていたが、同月一四日、Bからアイエックス株が三〇〇〇円を切ったという報告があったので、翌一五日、被告渋谷支店に赴き、C支店長にそれまでの経緯を説明したこと、これに対し、同支店長は、「それが事実ならBの過剰勧誘である。これから私がBに代わって全部責任を負う。新規上場のときの利鞘で損害は弁償するから、書類を書いて欲しい。」と述べたこと、そこで、原告は、店頭取引に関する確認書(乙五)、総合取引申込書(乙一二)に署名捺印したことが認められる。

2  以上認定の事実によれば、原告は、C支店長から、書類を作成すれば他の株式で損失を補填してもらえるかのようなことを言われたことから、友人の紹介でもあるし他の株式で儲かれば事を荒立てずに無断売買については追及しない意思であったものと認められる。

そうだとすると、原告が書類の作成に応じたのは、C支店長の言を信じて他の株式で損失を補填してもらえるということが前提条件となっているから、これをもって真意に基づいて売買の損益を自己に帰属させる意思すなわち追認をしたものとみることはできないというべきである。

三  結論

以上の次第で、原告の主位的請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 角隆博)

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